公開審査会講評メモ(ブログ公開ver.)

「教育文化会館演劇フェスティバル2016 短編演劇祭 公開審査会」

エンプロ代表の遠藤雷太です。
教文演劇フェスティバルの短編演劇祭、一次審査員を承りました。
公開審査にあたって各チームごとに講評メモを書きました。
実際には話せた部分、話せなかった部分がありましたので、自ら費やした時間への供養の意味もこめて掲載します。
あきらかにわかりにくい部分で修正したところもありますが、基本的に下記のメモを見て話しました。
語り足りない部分については、追記に書いています。
自己満足に違い意味合いになりますので、こっそりあげさせていただきます。

ある程度ネタバレもあるので、ご注意ください。

公開審査会講評メモ(ブログ公開ver.)

『最後の授業』

高校時代の恩師による最後の授業を受けるため、二人の元生徒が学校で出会う。やがて二人が関係するある事件が明らかになっていく話。
ある女の子の不幸な事件について、最初は父親の目線で、次にそばにいた教師の目線で、そして当事者本人の目線、最後により高次の存在である「先生」の目線で語られる。
立場が変わることで同じ出来事でも見え方が変わるおもしろさを短い時間の中で描ききっている。
ただ、「イジメを受けた娘の父親」と「担任の教師」との会話だけで十分で、アクの強い幽霊の設定が本当に必要だったのか疑問。
娘のイジメ死がきっかけで、教師は失職、夫婦が離婚の二人というだけでも話を作れそう。
また、「元教師で年下の女性」が、「初対面の年上でガテン系の男性」にいきなりタメ口で話す違和感。
「二人の鞄に入っているもの」が棺桶に入れられたものだとすると、二人の葬式の時には娘はまだ高校生なので内容が不自然。
細かい設定の粗を幽霊設定に託しすぎている印象。

※追記
そもそも幽霊というのは、自動的に死とセットになるのでシリアスにもギャグにも使いやすいとても便利な設定。
そのあたりに自覚的かどうかで評価が分かれます。



『綺れい』

美容・整形の依存症になった女性が一時の成功経験の再現を求めて破滅していく話。
題材的には、映画にもなった岡崎京子作『ヘルター・スケルター』のイメージ。
ただ、どんな題材かというより、語られる形式や言葉にノレるかどうかという点で評価が分かれる。
その点で、遠藤は楽しく舞台でも見てみたいと感じた。エグいしグロいしかっこいい。
創作表現の機能・効能のひとつが、悲惨な現実に対する免疫を付けるという点で、上演の意味がある。
形式は関係者三人による出来事の振り返り。
演技というより語りのスキルが求められるので、講談でも歌でもフリースタイル風でもいいからかっこよく語り倒してほしい。
「強い欲望を持つ人間が、その欲望を満たすことで破滅する話」というのは、かなり昔からある「劇的」の型で強い。
細部だが、妹のひどい行動が姉への嫌悪ではなく、歪んだ愛情によるところなのが一ひねり入ってて好み。

※追記
 個人的にグロいのは好きです。
 言葉の選択は他の審査員の方々には評判はよくなかったんですが、
 構成含めてこなれている感じがしたので、勝算はあるんだろうと踏みました。



『第2回全日本もう帰りたい選手権』

「早く帰りたい」と常に願っている会社員3人が、緊急避難速報のお知らせをきっかけにシェイクアウト帰宅訓練に挑む話。
タイトルから、ほぼ劇団が特定できる。影響については良し悪し両方あるので、踏まえて判断しても不公平ではないと思う。
「回転転送モード」が大事な要素だが、これができるならどんな移動も瞬時に出来るんじゃないかと思ってしまう。
勢い重視で、細かいところにこだわる作品ではないのはわかるけど、それにしても、何ができて何ができないのかがよくわからない。
もう少し作品内ルールの説明がほしい。
とてもデリケートな題材を扱っているが、時期的に今やる意義があると思う。
「声をあげる」ことは大事だし、大の大人たちが必死で取り組む姿も想像できるので、不謹慎な感じにはならないはず。
説明が足りない部分も多いが、作中で語られる「生き残ってしまった者の礼儀」にも反していない作品だと思う。

※追記
「第1回~」は観客として拝見しました。
滑舌が大事な種類の作品でないのは重々承知の上で、それでも何を言ってるのかわからなさ過ぎるという感想でした(でもスケールの大きさに惚れて一票入れました)。
「わかっているけどそれにしても」というのは、本作での設定上の話にも通じていると思います。


『風花 桜の花が咲く頃に』
老猫さくらが死期を迎えるにあたって、若い猫ウメに飼い主との思い出を語る話。
猫が死んでしまう話というだけでも結構悲しいのに、母親を失った幼い女の子が人前では泣かずにあとで泣くところや、その女の子がついに成人式を迎えるところなど、泣かせる要素を確信犯的に入れている。
BGMは曲名のみだが「風花」「涙」「桜」とあるので、森山直太朗が浮かぶ。ムード後押し。
ツンデレな登場人物もこのジャンルには合う。
着物の袋に入ろうとして、飼い主に怒られると「なによ、別に興味ないわ!」と返すのも「猫+ツンデレ」表現としてかわいい。
「黄昏の国」の存在がよくわからず。
単純に「天国」の言い換えでもないし、猫界の宗教観か作り話なのかなと思っていたら、その国に行く権利が現世の命と引き換えになるくらい、具体的な価値を持っている。
元ネタがありそうだがはっきりせず。
老病の健気さを強調する意図にしてもそこまでしなくてもいいなと感じた。

※追記
「黄昏の国」に元ネタがある可能性については否定的な意味ではないです。
元ネタが何かを象徴しているかもしれないので突き止めたかったということです。
ただ「黄昏」は夜直前のわずかな時間なので100年も長く続くのは不自然なネーミングという印象です。



『STASHING ROOM』

4人の劇団員が次回公演の計画を練っているうちに、演出家の秘密が(観客に)明らかになる話。
おそらく、結構いい年齢の劇団員たちにとって(エスパーといえばマミ世代)、夢を追い続けることがポジティブなこととは限らないので、見る側も提供する側も注意が必要。
短編だからこそ、隠し文字やアナグラムのようなトリックがうまくハマれば、リターンが大きい。そのあたり果敢に狙っている。
ただ、ホワイトボードのトリックについて、一作品にかけるべきではない時間をかけて検証してみたけど、どうやったらかっこいい書き方になるのか見つけられず。
作者はわかっているはずだし、一番の見せ場なので、他のところは細かく説明しなくていいから、隠しメッセージが表示される手前のレイアウトは示してほしかった。
あと、タイトルが決まっただけでもう大丈夫だと思えるポジティブさは見習いたい。

※追記
たぶん一番時間をかけました。
トリックがハマっているなら他の要素はおいても1点入れようと思ってました。
(なぜなら、かっこいいからです)
あと、タイトルについて翻訳ソフトで調べたり、職場の英語の接客担当の人にも聞いてみたりしたんですが、直訳するとあらすじに書いている「隠された部屋」にはなりにくいようです。本文ト書きに「隠している部屋」と書いてあって意味が変わってしまっていました。
もし、上演されるならネイティブの人に言葉のニュアンスを確認するべきです。



『世界』

息子が起こした事件をきっかけに心の時間が止まってしまった父親タカオの話。
時系列がふわふわしているので、お客さんがいきなり見て伝わる話かどうかは微妙なところだし、誰が幽霊なのか、あらすじを見てから読み直してもよくわからなかった。
それでも演劇の抽象表現として成立しているので気にならない。
タカオは、自分の息子が人殺しになって心が壊れてしまっても、父親でいなければいけないという気持ちに縛られている。痛々しい。
救いのない話だけど、子供が生まれて「これから世界を教えてやるんだ!」と決意したことがあったり、「そうは言っても、親だって人間なんだからつらいときはつらいんだよ!」と思ったことのある人なら誰でも、タカオが経験した悲劇と地続きの場所にいると思う。
自分に子供はいないけど、そういうイヤな感じを十分に共有させてもらったのがよかった。

※追記
「心の時間が止まる」というのは、もともと脚本家の三宅隆太さんの表現。
そういう読み方で読み直してみてやっと腑に落ちた感じです。



『レイダース~失われたホース』

レイダースというトレジャーハンターチームが、伝説の秘法を手に入れるため、ひょうたん山に向かう話。
レイダースのパロディをするのかと思ったら、いきなりキャプテンキッドやひょうたん山が出てきて、始まって5秒で「肩の力を抜いて見ていい話だ」ということがわかる。
後半の挿入曲にもでてくるけど、はっきり『8時だョ!全員集合』を意識している。この懐かしい感じは今時貴重。
「何を見せたいのか」がわかりやすいのは、プラス要素。
ここまでくだらなさに徹底していると、感動するような要素はむしろ邪魔なので、あとはギャグが笑えるかどうか。
最後の口上で団体名を言ってしまっているので、結局、この団体を知ってるかどうかで分かれてしまうのが困る。
シリアスな話が多いので、他作品との兼ね合いで本戦に残るとバランスがいいかもしれない。

※追記
最後の口上でまさかのネタバレ(審査員的に)。
くだらない話は好きです。
世界観もはっきりしていてちゃんとドリフが再現できるならぜひ見てみたいんですが、ほんとにできるのかなと半信半疑のまま1点入れました。



『フルプラスティック・ジャケット』

シーツ一枚で外に放り出された娼婦のメリーが、二人のマネキンを助けて束の間の幸せを謳歌する話。
短編のミュージカル。
「シンデレラ」の話題が出てくるが、話の構造としては「マッチ売りの少女」に近い。
メリーは死なないものの、服屋のショーウィンドウを割って服とマネキンを盗んでいるので、この話のあと彼女はどうなってしまうんだろうと心配になる。
一方で普段の抑圧から解放されるカタルシスは見所になりうるので、あそこで終わらせるなら、自己を肯定する話に落とすより、悲劇として見せたほうが、バランスはいいかもしれない。
ミュージカルの悲劇が、どこまで一般的なものなのかははっきりしないけど、できなくはないと思う。
『アナと雪の女王』でエルサが氷の城に閉じこもるところで終幕するような違和感。
脚本ではよくわからない唄と踊りが大事なので評価しにくいが、どこまでミュージカルできるのかは興味を引かれる。

※追記
審査会では、ちょっとわかりにくい言い方をしてしまいましたが、アナ雪だとエルサのあの有名な唄は結構序盤に出てきます。
「自己を開放した」という言い方もできますが、同時に「やけくそになって家出した」でもあります。
なので、そこで終わってしまうと悲劇になるわけですが、こちらの作品ではそれでポジティブに終わっている違和感がありました。
おそらくヒロインが最後のセリフを言ったあとに力尽きて崩れ落ちると成立します。



『事務所の紫煙』

心霊現象を専門に扱う探偵が、金縛りに悩む女性の背後霊を成仏させようとする話。
話の筋がわかりやすく、安心して見られる。
特に問題の幽霊があっさり説得されてしまうところは、バカっぽくてかわいい。
連続シリーズものの一話目だったらこれでいいのかもしれないけど、独立したひとつの作品と考えると、幽霊が出てきて退場するまでがあっさりしすぎているので、展開にもう少し意外性がほしい。
出来事を並べただけで終わっている印象。
タバコの煙を媒介にして幽霊を映し出すという発想はおもしろいが、舞台上でどこまで効果的に見せられるかが未知数。
テキスト中に「霊」と「佐藤」の置き換えミスが発生しており、ラストシーンも普通に考えれば「麻山」がいるはずなんだけど、「佐藤」と書かかれており、深い意味があるのか単なる入力ミスなのかがよくわからない。
結果、かなり評価しにくくなってしまう。

※追記
公開審査会では、せっかくイトウワカナさんがいいパスを出してくれたのに、なんかうまく返せなかったような気がして申し訳ない気持ちでいっぱいです。


『寿齢』

姥捨て山に捨てられる母親とその息子との交流と、誰にも見取られることなく病室で死ぬ母親の様子を交互に描いた話。
テーマとの関係は「年齢」の「レイ」。
「老い」というテーマは、高齢化が問題になればなるほど、価値があがるのかも。
作品内テーマは「病院での孤独死は姥捨山に捨てられるより非人道的ではないか」。
姥捨て山での様子が『まんが日本むかし話』とほぼ同じ(展開は違う)。
あえて類型化しているという言い方もできなくはないが、病室のシーンも含めて既視感があって記号的に見える。
老いとは無縁の若者でも共感できるような描写が増えると、若い観客側の興味をもっと持続させられるはず。
道徳的なことで考えると、色んな関係性があるなかで中世古代のいちばん仲のいい母子と、現代の一番疎遠な母子を比べれば、そりゃ「昔のほうがよかった」という話になってしまう。

※追記
橋口幸絵さんの「昔と現代と変わってしまった部分を示すべき」(記憶が曖昧ですがこういう感じだったはず…)」という指摘がすばらしく、改善の参考になると思います。
ただ、姥捨山は、もともとが「老人を大事にしよう」と教えるための説話であり、実際にはなかったという説があります。そうなると、「姥捨て」は昔の出来事ですらなく、架空の出来事になるので、今と昔を比較しにくくなる問題が残ります。
余談ですが、たまたま長野の「姨捨駅」に行ったことがありますが、すばらしい景色でした。



『彼女は歌えない』

診察室にやってきた母と娘の秘密を、医師と看護師が解明していく話。
先に最悪の結果があって、なぜそうなったのかが明らかになっていくという構成。
この構成と人の心の闇を見せる話との相性がよく、そのあたり期待にはこたえられている。
幽霊が見えるというのは、フィクションではごく普通のことなので、探偵役である医師にもう一癖ほしい。演者の魅力でなんとかなるのかもしれないけど。
サポートする看護師は、有能で熱血漢でツメが甘く、ワトスン役としていいバランスだと思う。
医師側がネグレクトを見抜く材料がほしい。観客に共感できるものだとなおいい。
確かに「幻覚」と「幽霊」は違うもののだけど、どちらも作り手の都合のいいように使えてしまう素材なので、同じ話のなかにふたつそろってしまうと、作品内ルールがとても複雑になってしまう。
結果、驚いたり感心したりしにくくなってしまう。

※追記
審査員長の齊藤雅彰さんも指摘されていたとおり、推理小説のフォーマットなんだと思います。
そうなると、推理の部分が抜けていて物足りない印象を受けます。
また、シナリオの教本に出てくる言葉ですが、「魔法のランプは一回まで」です。
幻覚と幽霊で二回使ってしまっているのが問題点となります。



『おいしいチーズグラタンの作り方』

チーズグラタンを作る女性レイのところに、カマンベールチーズ、ブルーチーズ、さけるチーズの妖精が現れて自分を使うようにアピールする話。
「さけるチーズ」の数合わせ感。本当にグラタンで使われることがあるのかと思ってクックパッドで「グラタン さけるチーズ」で検索すると1件も出てこなかった。
単独だと265件も出てきたのに。
なぜこのチーズの組み合わせだったのかわからないが、「さけるチーズ」は応援したくなる。
ヒロインの名前はテーマでもある「レイ」だが、チーズたちになぜか「みみちゃん」と呼ばれている。説明を見落とししてるんだろうか。
暗転でメガネがなくなるシーン、テンポを犠牲にして暗転を使ってるいるわりに、効果が薄い。展開的にもギャグとしても他にやりようがありそう。
ノリが若くテンション芸になりそうなので、細かいところを指摘してもしかたないのかもしれない。
脚本段階でよさが伝わりにくい作品。

※追記
分析する上での切り口が見つからず、クックパッドまで持ち出す始末です。
戦隊モノの冒頭はかっこよかったし、残念ながら点数は入れてないのですが、本選に残ってても個人的には違和感ないです。



『6.13no502』

時系列的には、502号室に引越ししてきた新婚の夫婦が、離婚直前となって部屋を出て行こうとする話。
同じ夫婦の新婚時と離婚時の様子を同時進行で舞台上で見せる形式。
「複雑な形式を上手に見せる」という技術先行の話だと予想していたのに、実際読んでみたらその予想以上に巧みで、かつ演劇的だった。
人生で一番幸せな瞬間と一番不幸な瞬間を同時に描くというのは、人生の劇的な瞬間を描いているという点で演劇向き。
新婚のイチャイチャと離婚直前のギスギスを並べるのも、悪意のあるギャグとして笑える。
パンやタバコなどの小道具の使い方も効果的。
テーマ「レイ」は、子供の名前。
名前なら何でもアリと思われそうなところもしっかりフォローしている。
心配なのは時間で、早口で音読するだけで17分かかってしまった。
妻側の秘密はある意味予定調和なので、多少説明を省略しても観客はついていけるはず。

※追記
一読して本選に残るべき作品だと思いました。
技術先行の話で中身が弱いという話もありましたが、技術が十分であれば、それでいいんじゃないかと思います。
ただ、やっぱりこの作品は「人生」を描いてるんだと思います。
「119」を思い出す作品ですが、演劇的という意味ではこちらのほうが見てみたい作品です。



『影二つ。』

執事とロボットと暮らす、車椅子の少女が郵便屋さんを名乗る少年との出会いをきっかけに外の世界に興味を持つ話。
詩的というよりは、言葉とは何か、時間とは何か、自分とは何かというような哲学的な問答が多く、そのような嗜好のある人には楽しめるのかもしれない。
わかりやすい話にせずに観客に解釈を委ねるタイプの作品。
問いかけの幅が広いので、観客側がどこまで汲み取ることができるかが未知数。
ロボットがどこまで人間の言葉がわかっていないのかがよくわからない。
序盤で、「人間の言葉が理解出来ない」「彼は彼の中でしか生きられない」と言われているのに、人のココロを持っていると言われていたり、ある程度、人間の命令には従えていたり。
プログラムが必要な時点でロボットにも言葉はあるので、「言葉が必要ない」という表現はちょっとノイズになってしまう。

※追記
「わからないから評価する」「わからないから評価しない」で後者を選びました。
自分は設定重視で見ていたので、自分だけ点数を入れていなかったことには後悔はありません。哲学的な話は、どこまでも深くなるので、もうすこし題材を絞ったほうがよいような気がします。
「時間」と「言葉」はそれだけで何時間もかけられる深いテーマですし。



『円山』

祇園円山で花見をしている「婆」が、場所取りにあふれてしまったカップルを誘い、唄や三線を披露しつつ、酒を飲む話。
カップルのセリフや配役表がないので、おそらく一人芝居。
作品の良し悪しを唄や演奏など、脚本に書けない部分に負っているのが判断しにくい。
セリフ部分を音読すると7分くらい。
短い時間のなかでよく食べ物の話が出てくる。
「干し芋」「ポテチ」「フライドチキン」が登場し、他に「紀州の梅」「長崎のあご干し」「宇和島のじゃこ天」「畳イワシ」「どんつき味噌」の話題。
読んでいるとお酒を飲みたくなる。これで書いている人が下戸だったらすごい。
おそらく観客側も花見気分で酒を飲みながら観ていると楽しそうな作品。
会場内でお酒や干し芋を売るならともかく、教文小ホールで行われる短編演劇祭との相性はあわないかもしれない。

※追記
後から実力のあるかただとうかがいましたので、どうなるか楽しみです。
この作品やってる間は飲酒を解禁してほしいですが、絶対むりですよね。



『恋はいつでも、レイ・アップ?』

恋愛禁止ルールに苦しむバスケ部員と顧問が、紆余曲折の末、ルールを撤廃する話。
二人の登場人物は控えめに表現して個性的。
部員田村のラブレターがすごい。
バスケットボールが、好きな女の子の顔に見えたので、ボールカゴにダイブしたところ、鼻血がドバドバ出てしまい、ボールについた血すら女の子のほっぺの赤さに見えるという内容。
お話の登場人物としては突き抜けていておもしろい。
また、恋愛禁止を強いて部員を失い、バスケ1チーム分の人数も確保できなくなっている先生というのも明らかにどうかしている。
最初の数ページで、恋愛禁止の部活でボールに恋をしてしまった田村の不条理コントかと思ったら、人間の恋愛の普通のお悩み相談に移行してしまい残念。
ジョーダン好きなのに「ダンク>レイアップ」の価値観に違和感。
かなり早口で音読しても18分かかった。長い。

※追記
他の審査員の方々といちばん評価が分かれてしまったのが本作。
あとから考えると「先生が生徒に暴力を振るうところ」がノレなかったようです。
おそらくお笑いのボケツッコミの型にそのまま乗せたんだと思うんですが、倫理観の古さに違和感がありました(反倫理的なこと自体が問題ではなく)。あと運動部の顧問が生徒に勝手な価値観を押し付けるところも、運動部経験ある身としては笑い話として受け取りにくかった部分です。
レイダースくらい様式化、フィクション化してくれれば問題ないんですが。
知り合いに教育関係者が多いので考えすぎてしまったのかもしれません。
いまはテキストが手元になく検証できないのが残念です。


『=375』

中学生4人が定期テストの結果を見せ合う話。
特に展開上の起伏があるわけではなく、見せ合ったら帰る。それで物語も終わる。
5人中2人が0点取っているのはすごい確率。
テーマ「レイ」にかかわっているとは言え、中学校レベルでそんなことありうるんだろうか。
自分の出身高校はGランクだったけど、高校レベルでも見たことがない。必ずしも写実的な表現がしたいわけでもなさそう。
中学生が仲良くテストを見せ合っているところはほほえましいし、登場人物もそれなりに個性があるし、4人の会話の書き分けもよく、うまく決まれば聞き心地よさそうだけど、作者がいちばん見せたいところは別にありそうな気がする。
タイトルが何かの暗喩かもしれないが、そのあたり探したけど読み取れなかった。
あと、登場人物4人の名前にふりがながなく、ほとんど2つ以上読み方がある。音が大事になることもあるのでいれてほしい。

※追記
こちらも分析の仕方が難しい作品でした。他の審査員の方々も困っていた印象です。
会話部分を評価するしかないのですが、途中で唐突に独り言を言ったり、0点の問題があったりと必ずしも写実的な感じでもないのが悩ましいところです。各登場人物の名前の読み方が複数あるのに読み仮名がついていなかった部分も「少なくとも作者は名前の音にはこだわりがない」ということが伝わってしまいマイナス評価になってしまいました。



『Too late springs!!』

一人の作者が二人の登場人物を使って「遅すぎる春」をテーマに自問自答を繰り返している話、だと思う。
戯曲の形式なので、二人が会話しているように見えるが、語られていることは作者の独り言という感じ。
同じ顔の登場人物が二人出てくるところも示唆的。
ただ、その独り言が解釈のしがいのある独り言というか、芸術家肌で夢見がちな人の勝手な独り言という感じで、退屈しない。
ときどき二人の登場人物が罵り合ってるのも、作者が自らを責めているように読めてしまう。
話の筋を追うというよりも、作者はいったい何を悩んでいるんだというカウンセリング目線で見るとおもしろい。
実際には、そのあたりも確信犯的に書いているようにも思える。
初見の観客の反応は未知数だが、反応がどうなるか気になる作品。

※追記
あらすじで太宰治『逆行』に触れていましたが、同じ顔の人が二人出てくるのは小説内にも記載があります。太宰は専門外なのでよくわかりませんでしたが、おそらく太宰本人を投影した主人公のめんどくさい感じが、本作にも踏襲されているように思えます。


以上です。
数が多くて大変でしたが、とても刺激的な体験でした。
声をかけてもらった南参さんには感謝しきりです。

ほとんど自己満足に近い投稿でしたが、
短編演劇祭の盛り上がりの一助になれたらうれしいです。